■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■ 医療系メルマガ 【Dr.N Communications】 (^^)2004年8月1日 6号 ■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■ 編集室の橘です。 大雨、台風、酷暑と続くこのごろですが、被災された皆さんには、 心よりお見舞い申し上げます。 さて、今月は「夏休み特大号」ということで、盛りだくさんの 話題をお届けします。 医療知識はもちろん、やすらぎや感動を感じて頂ければ 幸いです。 それでは今月のラインアップです。 ☆目次☆ ▼医療関係 1:乳がんについて(8) 乳がんの治療・その3 化学療法(抗がん剤療法)について 星総合病院外科部長 片方直人 (日本乳癌学会専門医) 星総合病院外科のホームページ http://www.h4.dion.ne.jp/~nomizu/geka.htm 2:血液疾患について 星総合病院診療部長 三田正行 (日本血液学会認定血液専門医) ◆コラム 3:遺伝子研究の思い出 福島俊彦 (福島県立医科大学第二外科・腫瘍外科分子生物学) 4:乳腺診療には女性医師が必要 渡辺久美子 (福島県立医科大学乳腺外科) 私のホームページ http://nabeq.fc2web.com/ 5;太陽とフォークジャンボリー(FJ)との出会い 小川昌克 (フォークジャンボリー委員会委員長) 自らも70年代のフォークを弾き語り、フォーク音楽分野では 誰もが認め、その知識には驚くべきものがある。 FJの2代目委員長を務めるかたわら常に新しい音楽分野に 挑戦し続ける人物である。 フォークジャンボリーのホームページ http://sakura-st.hp.infoseek.co.jp/fjc.htm 6:外科病棟ナースステーション日記 (2)主任の一日 看護師長 佐藤 美重 7:臨床研修医日記(その2) 長谷川敬二 8:連載 野水医師と私(今月はお休みです、7号より再開します) 橘 和見 □:こちら編集室 =============================================================== 今月の顔 → http://takawa.fc2web.com/kongetsu6.htm =============================================================== ┃1:【乳がんについて(8)】: 乳がんの治療・その3 ┃ 術後化学療法(抗がん剤療法)について 片方直人 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 乳がんの化学療法(抗がん剤治療) I)はじめに 今回は乳がんの化学療法(抗がん剤治療)のうち、 術後補助化学療法を中心に解説します。 乳がんの手術を無事終えてもがんの進行程度によっては 術後数年ののち、再発される患者さんがいます。 これは乳がんが比較的早期でも周囲のリンパ節や微小な遠隔組織に 転移をきたしやすいからです。 一度転移再発すると完治はきわめて困難と考えられ、いかに再発を 減らすかが重要となります。 術後補助化学療法は再発をきたしそうな術後の患者さんに対して 再発をきたす前に予防的な治療をおこなうことです。 化学療法には脱毛等の副作用を伴うことがありますが、患者さんに とって、がんが治癒する以上のQOL(Quality of life)はないと 考えられます。 II)抗がん剤治療の意義 抗がん剤は、がん細胞を殺したり,その増殖を抑えることで がんを抑える働きがあります. 特にがん細胞が細胞分裂をして増殖している時がもっとも有効です。 急性白血病,悪性リンパ腫などでは,抗がん剤だけでがんが治癒する 場合が多く見られます。 しかし、乳癌、胃癌などの多くのがん(固形がん)では、診断がつく頃には 細胞分裂をしているのはがん全体の中のごく一部の細胞だけとなり、 大部分の休眠しているがん細胞にはあまり薬剤の効果がないため、 抗がん剤だけでがんを治癒させることは困難になります。 一方、手術により主病巣を治療すると微少な転移巣が増殖を始めるという 現象が見られます。 ここで抗がん剤を併用することでがんの完治率を上げようというのが 手術後に行う補助化学療法の目的です。 乳がんや大腸がんではこうした治療法の有効性が確認されています。 抗がん剤治療の基本原則 1)(多剤併用療法) 有効性が証明されているいくつかの抗がん剤を組み合わせて使うと、 副作用が分散されかつ,効果は単剤の時より増強します。 このため抗がん剤治療はいくつかの薬を組み合わせて使います。 2)(間歇反復投与) 抗がん剤は1回投与または2週連続して投与したら3週間程度休む というのが一般的です。 抗がん剤を投与するとがん細胞にも正常細胞にもダメ−ジを与えますが 正常細胞(特に血液細胞)は3週間程度で回復します。 一方がん細胞は回復できず、そこで次の抗がん剤が投与されるわけです。 こういうサイクルを数回繰り返すと効果は最大になります。 3)(効果に対する科学的評価) 理論や実験でいくら正しいと思われても、実際の治療の場で、 有効でなければ意味がありません。 このため様々な抗がん剤の投与方法が計画され(臨床試験)、それにより 患者さんの生存率の向上か、延命効果が科学的に証明されたものが新たな 標準治療になります。 しかし、この科学的評価に耐え得る臨床試験は、日本ではほとんどなく、 欧米のデ−タを追従しているのが現状です。 III)術後補助療法 欧米での科学的な臨床試験により、乳がん術後の補助療法(抗がん剤、 ホルモン療法)によって乳がんの再発が減少し、生存率が向上することが 明らかになっています(図1参照)。 (図1↓) http://takawa.fc2web.com/malmag6-2.htm 再発の可能性が10%以下の患者さんの場合、術後補助療法の現実的な 効果はわずかと考え施行しないことが多いです。 それ以外の患者さんの場合は何らかの術後補助療法を行います。 これにより乳癌の死亡率が相対的に25%低下することが知られています。 例えば手術療法だけで60%の確率で治癒する人は補助療法により 40%×0.25=10% 治癒率が上昇し,70%の確率で治癒することになります。 抗癌剤の適応は 1)リンパ節転移のあるもの 2)リンパ節転移がなくても再発リスクが高いと考えられるもの (しこりが2cm以上、ホルモン受容体陰性、35歳未満・・・) 抗がん剤か、ホルモン療法(タモキシフェン(TAM)、卵巣摘出術、ゴセレリン) の選択は、閉経前後,ホルモン受容体の有無により図2のように 選択されます。 (1998年 St. Gallenコンセンサス会議) 図2↓ http://takawa.fc2web.com/malmag6-1.htm IV)代表的な多剤併用補助化学療法 ーアントラサイクリン系を含まないものー 1)CMF療法(C:サイクロフォスファミド、M:メソトレキセート、F:5-FU) CMF療法は全世界の臨床試験の総合分析(メタアナリシス)により、 ある条件の患者さん(例えば50才以下,リンパ節転移陽性など)の 全身再発率と死亡率を25-30%低下させることが証明されました。 CMF療法は現在乳癌術後の補助化学療法のもっとも標準的な方法として AC療法とならび推奨されています(1998年国際コンセンサス会議)。 方法は3種類の薬剤の点滴(1回60分程度)を4週間につき2回を 1サイクルとして6サイクル行います。(約6ヶ月間) ーアントラサイクリン系(A,Eなど)を含むものー (これらの方法はすべて一時的ですが完全な脱毛をともないます。) 2)AC療法(A:アドリアマイシン、C:サイクロフォスファミド) アメリカでCMF療法とならび用いられている治療法で効果はCMF療法と 同等(投与期間約3ヶ月間) 3)CEF療法(C:サイクロフォスファミド、E:エピルビシン、F:5-FU) カナダの臨床試験ではCMF療法より優れた効果が示された。 (投与期間約6ヶ月間) 4)CAF療法(C:サイクロフォスファミド、A:アドリアマイシン、F:5-FU) CMF療法より優れた効果があります。(投与期間約6ヶ月間) 5)AC-タキソ-ル療法 (A:アドリアマイシン、C:サイクロフォスファミド、T:タキソール) アメリカの大規模な臨床試験でAC療法以上の効果が示されている。 (投与期間約6ヶ月間) ー経口抗がん剤ー 6)経口5-FU誘導体(フトラフール、UFT、フルツロンなど) 従来より日本で発達し一般的に投与されてきた方法。 副作用は静注抗がん剤より軽度であり、1〜2年間内服します。 有効性が疑問視された時期もありましたが日本国内の多施設臨床試験 (ACETBC)では術後補助療法としての有効性が示されました。 V)抗がん剤の副作用とその対策 化学療法には以下のような副作用を伴います。 吐き気,嘔吐 抗がん剤が胃、脳に影響することにより生じます。 投与直後から、あるいは数時間してから症状が出現し、1日でおさまる場合も あれば2-3日続くこともあります。 これに対する治療として、現在セロトニン拮抗剤とステロイドホルモンの併用が 最も有効と考えられています。 脱毛 CMF療法での脱毛は比較的軽度(20〜30%程度)です。 治療が終われば再び生えてきます。 通常は治療を開始して2週間後ぐらいから脱毛が始まり、最初のうち多く抜け、 だんだん落ち着いてきます。 CEFやAC療法は一時的ですが完全な脱毛をともないます。 しかし抗がん剤終了後約3カ月ほどで短い髪の毛が生えそろい、6カ月もすると 元に戻ります。 頭部脱毛の間はかつら等を着用します。 白血球数の低下 白血球数(顆粒球)が下がることは、抗がん剤の副作用として もっとも多いことの一つです。 白血球数が低下すると体の抵抗力が低下します。 抗がん剤を投与して1-2週後が最も白血球数が低下します。 顆粒球がかなり低下してもG-CSF(顆粒球コロニー因子)製剤の注射で顆粒球の 増加を促進できるようになりました。 その他将来起こりうる副作用 CMF療法後の将来の問題はほぼないと確認されています。 CAFなどに用いられるアドリアマイシンには蓄積性の心臓毒性、 白血病のリスクが報告されています。 (重篤な合併症の発生率は0.5%程度と報告されています)。 以上、術後補助化学療法を中心にその意義、適応、種類、副作用等について 簡単に解説しました。 ================================================================== ┃2:【血液疾患について】 ┃ 三田正行 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 貧血の代表である鉄欠乏性貧血 血液の病気は、なかなかわかりにくいので、日ごろの診療の際に 遭遇する貧血の起こる仕組みから話をしてみます。 ものの仕組みを考えることは極めて重要なことですが、近頃は完成された 製品をうまく利用すればよいという風潮になり、ものの仕組みについて 考えることはあまりされなくなってきています。 人の体についても同じで、一人一人違っている体の中で何が起こって いるのかを十分に分かった上で治療をすることが大切です。 医師が検査をして病名をつけてひと安心し、あとは健康保険で 削られないように画一的な治療をするということでは、患者のための 治療にはならないように思われます。 そこで、医師は個人に応じた最適の治療法を考える必要がでてくるわけです。 医師は病気を見るのではなく、病人を診るという大切な言葉があります。 私たちの体内では、心臓のポンプの働きにより血管の中を血液が 休むことなく流れ、生命を維持しています。 血液は、細胞からなる血球成分と液体の血漿成分とに区別されます。 血球成分には、赤血球、白血球、血小板の3種類の血球があります。 これらの血球は、骨の中心部分の骨髄というところで造り出され、 古くなると主に脾臓のマクロファージという貪食細胞によって食べられ、 分解処理され、ある成分は骨髄へ戻り再利用されます。 人間の体の中では効率よくリサイクルされています。 赤血球に関係した病気は、 1)血球を造るための原料不足、 2)血球を造る部位である骨髄の異常、 3)血球そのものの異常 というように分けて考えることができます。 赤血球が関係する病気には、だれでも知っている貧血という病気があります。 顔色が白い、めまい、耳鳴りがする、運動時に動悸、息切れがするなどの 症状があると貧血が疑われます。 体内を循環する赤血球・ヘモグロビンが足りなくなることを貧血といい、 医学的には単位容積あたりのヘモグロビン濃度が正常値より低下した 状態と定義され、WHOの基準によるとヘモグロビン値が男性13g/dl以下、 女性12g/dl以下を貧血といいます。 貧血の原因は数多くあり血液検査をしなければ、どういうタイプの貧血か わかりません。 赤血球のサイズから見ると貧血の種類により小さくなるものから普通のもの 大きくなるものまであります。 人生いろいろで話題になりましたが、貧血にもいろいろあります。 貧血というと、多くの人はレバーや肉を食べていればよくなると考えています。 貧血の約80‐90%の人は鉄欠乏によるのでこれが正解です。 しかし、どの貧血にもすべてレバーを食べるとよいという考えは誤りです。 ビタミンB12の欠乏や葉酸の欠乏による巨赤芽球性貧血、赤血球が 壊れやすくなる溶血性貧血、血球の源の幹細胞が減ってしまう 再生不良性貧血、幹細胞の異常による骨髄異形性症候群や急性白血病 などもあります。 さらに、腎臓病や肝臓病に伴う貧血など二次的に起こるものもあります。 鉄欠乏性貧血以外の貧血は、起こり方が違っているのでレバーや肉を食べても よくなりません。 ここでは、鉄欠乏性貧血についてお話します。 鉄の不足による…鉄欠乏性貧血。原因として慢性出血、鉄の摂取不足、 吸収障害が考えられます。 1.慢性の出血。 知らないうちにヘモグロビン濃度が低下してきます。 便潜血、消化管出血の有無。 月経過多、子宮筋腫などのチェックも要します。 胃潰瘍、胃がん、大腸がんなどが見つかることがあります。 2.鉄摂取不足や吸収不全による供給不足。 口から摂取された鉄は胃酸により三価鉄(Fe3+) から二価鉄(Fe2+)に 還元され、吸収されやすくなります。 主に十二指腸から小腸上部で吸収されるので、胃酸の分泌が低下している人や 手術で胃を切除されている人に起こります。 3.鉄需要の増大。 乳幼児や月経が開始する思春期には、成長が急激で必要な鉄が十分追いつかない ことがあります。 乳児は生後3ヶ月以降から鉄の必要量が増すため、離乳が遅れると 鉄が欠乏することがあります。 参考までに貧血と輸血について 貧血の際の輸血は、輸血の後の感染症のリスクを考えに入れておかなければ なりません。 今では、患者さんまたは家族に輸血の必要性を説明し同意書をとることに なっています。 急な出血で血圧が下がってきているような場合や心不全症状があるときには 輸血が必要ですが、一般に慢性的な出血による貧血では、個人差や病状にも よりますがヘモグロビン値が5−6g/dlあれば輸血は必要ないようです。 原因が鉄の欠乏のみであれば原則として行なわないことになっています。 以上、原料不足による貧血の代表である鉄欠乏性貧血についてお話しました。 ================================================================== ◆コラム ┃3:【 遺伝子研究の思い出 】 福島俊彦 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 私が大学を卒業したのは1990年ですが、その数年前から癌細胞には 特徴的な遺伝子の異常があることが世界中の研究室から報告されはじめ、 「癌は遺伝子の病気」という概念が定着してきました。 そんな中、生来“あたらしもの好き“の私は、後先考えずに大学院に進み、 癌の遺伝子研究をすると当時の指導教授に宣言をしてしまいました。 とは言うものの、 研究のいろはも知らない新米ですから、なにをどうしたらいいのか まったく分かりませんし、当時の医局の研究室には遺伝子の研究に 必要な設備など皆無に等しい状況でした。 そんな難破寸前の私を野水先生が救助してくださいました。 まず、野水コネクションにより東京の一流の研究室に潜り込むことに 成功し、遺伝子研究のいろはを教わってくることが出来ました。 また、野水先生が班員を務めていた(当時)文部省の「遺伝性大腸癌研究班」 の班会議にも同行させていただき、日本の癌研究をリードする研究者の方とも 接することが出来ました。 さらに、野水先生が、遺伝子解析に必要な器械をポケットマネーでプレゼント してくれたのです(当時の金額で80万くらいでした)。 これには正直びっくりしましたが、 「知らないおじさんから物をもらってはいけない」という 亡き祖父母の言葉を後日痛感させられることになりました。 前述した遺伝性大腸癌の斑会議というのは年数回開催されるのですが、 私が大学院2年生の11月に、 野水先生から 「次回(3ヵ月後)の斑会議までに、遺伝性大腸癌の患者様での RAS遺伝子(癌遺伝子の代表選手)の異常を解析しておいて」 という、 なんともありがたいお言葉を賜りました。 勿論断ることなど出来ません。 自分の研究と平行して野水プロジェクトを進めなければなりません。 巷ではクリスマスだ、忘年会だという中、私は研究室で朝を迎える日々を送り、 その年の大晦日もとうとう研究室で明かしてしまいました。 1992年を迎えた瞬間に 「野水のアホー」 と小声(気弱なものですから)で叫んだことは言うまでもありません。 しかし、この研究をきっかけに、自分の学位のための研究も軌道に乗り、 野水先生のご支援により、なんとか大学院も修了することが出来ました。 遺伝子診断に使う試薬品の棚です↓ http://takawa.fc2web.com/malmag6-3.htm それから約10年。 癌に関わる多くの遺伝子が発見され治療にも応用されるように なりましたが、われわれは未だ癌を克服できないでいます。 自分の研究がどれだけ患者様の治療に役立ったのか? そのことを考えると、切ない気持ちで押しつぶされそうになります。 しかし、そんなことばかり言っていてもしょうがない。 「癌のアホー」と叫びながら、これからも癌診療、研究に微力ながら 邁進していきたいと思います。 野水先生との思い出はまだまだたくさんあります。 お許しをいただければ、次の機会にお話したいと思います。 ================================================================= ┃4:【乳腺診療には女性医師が必要】 渡辺久美子 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ こんな人たちに出会った。 今はもうみんないない。 28歳のYさん。 ピアノを弾き、バレエを踊り、恋多き女性だった。 まだ研修医だったのでゆっくり話ができず、仕事が終わった夜1時頃 ロビーにいってお茶した。 彼女があまりにも話たいことが多かったので交換ノートをつくった。 私が10行くらいに対して何ページも書いてきた。 その3冊目が終わる頃、命も終わってしまった。 誰よりも自分の存在をみんなに知ってもらいたかった彼女。 30歳のAさん。 婚約者がいた。 手術が終わって落ち着いたら結婚する予定だった。 もうそろそろというとき転移がみつかった。 実家の近くの病院に移ったので、私とメール交換するようになった。 メールをだして3日ぶりに返事がきたとき 「Aがお世話になりました」 と、婚約者の名前でメールが送られてきた。 31歳のTさん。 アルフィーが大好きだった。 私が福島に引っ越してきてからもコンサート先からメールがきた。 ある日「苦しいの」と電話がきた、そのあと入院したとメールがきた。 食欲がないとメールがきた。 ある日アルフィーをテレビでみて彼女を思い出しメールした。 翌日返事がきた。 「姉がお世話になりました、今日の11時でした」と。 みんな私と歳が近くてショックだった。 ------ 泣いた。 どうにかならないものかと思ううちに、乳腺をやろうと決めた。 彼女たちの人生を考えるうちに、自分の人生も考えるようになった。 乳腺外科をやり始めて女性について、より深く考えるようになった。 そして自分自身をもみつめられるようになった。 医者としてかけだしのころ乳癌検診にいくと時々、「女の先生でよかった」 といわれた。 まだ乳腺をやろうと決めていた時期ではなく、あまりその言葉に対して 深くは感じなかった。 たまにこんな人もいた。 「女のひとにさわられるのなんて初めて!びっくりした!」 とムッとして帰っていくひとも。 それはそう。 いままで検診する医師は、ほとんど男の人でそれが普通だった。 私生活だって相手は男性ですもん、同姓にみられるのはちょっと、 と言う人もいるかもしれない。 しかし多くの女性が、こころの中では少なからず女性だったら いいなあと思ったことがあるのではないだろうか。 乳腺外科をとおして、多くの女性と知りあいそして彼女たちに助けられ、 成長させてもらってきた。 自分自身も冷えや生理まえのおそろしいほどのねむけ、腰痛、吐き気 などを経験して、女性特有の症状や病気というものについて他人ごとでは なく自分も含めて更に深く掘り下げて考えるようになった。 女性をトータルに見ていくということに関して学び始めた。 最近、女性のお医者さんでよかった、といってくださる方が増えた。 ホッとするといって下さった方もいる。 そういうのを求める人が多くなってきたのか、それとも今までは そう思わせなかった何かが私の態度にあったのか。 よかったと言ってもらえる医者に少しずつなってきたのかなあ、 なんて自分でいいほうに考えて励みにしている。 多くの人たちに支えられて生きているなあ、とつくづく思う。感謝感謝です。 これを読みながら 「女性医師が必要だなと思うのは乳腺診療だけではないのよー」 「レディースクリニックみたいなものができるのをずーっと長い間 まってるのよー」と 叫んでいる人、いませんか? 私には叫び声が聞こえてきそうなのですが。 産婦人科にはいきたくない。 知り合いにみられ「妊娠」と勘ぐられるのも、「婦人病」と疑われるのも いやである。 訴えても苦しみをわかってもらえない。 たくさん訴えたら精神科を紹介された。 男性だといいにくいこともある。 デリカシーが欠如していることがある。 緊張せず気軽に相談できるクリニックが欲しい、自分をトータルな人間として みてほしい、いろいろな診療科や病院をたらいまわしにせずひとつの場所で 解決したい。 率直な気持ち、私だって抵抗がある。 婦人科にいくこと、胸をみせること、おしりを診察されること。 病気かもしれないんだからそんなこと言ってられないでしょ!といわれても やっぱり抵抗がある。 恥ずかしい。 できれば女性がいい。 しかし 「なんで女性だからって女性をみなきゃなんないの! 私は男性と同じようにやってるのよ」という 女医さんはお断りだけど。 大きなストレスを持ち、悩み、自信を失い、方向性を見失いやすい現代女性を、 身体面ばかりでなく、精神的、社会的にバックアップするのが女性医療であると 思う。 女性が健康で幸せになればきっと男性も子供も幸せになれる。 だから、女性医療は、女性のためであるようであって、実は女性ばかりの ためではなく、万人に還元される医療といえる。 私の元気のもとです↓ http://takawa.fc2web.com/malmag6-4.htm こころと体の不安をなくそう だいじょうぶ!女性医師はきっとあなたの強い味方になりますよ。 ================================================================= ┃5:【太陽とフォークジャンボリー(FJ)との出会い】 小川昌克 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ “太陽”との出逢いは2002年の春フォークジャンボリー前委員長の 横山氏と仕事関係のお付き合いで、一緒に焼肉を食べながらビールを 飲んだ事に端を発しています。 ゴルフの話や出身地の話をしていた中で音楽関係の話になり、 ギターを何本か持っていますよみたいな話をして、横山氏も ギター持ってきているよ……みたいな話をしたような しなかったような……酔っ払っていて定かではありませんが きっと話したのでしょう。 そんな事も忘れてしまっていた後日、横山氏から電話があり フォークジャンボリーをやる事になったので○月○日に (いつだったか忘れてしまいましたが6月くらいだったと思います) 太陽にきてね! ギターも持ってきてよ! なんて一方的な連絡が入ってしまったので、どんなものか観に行って みようかと出かけたのがきっかけです。 ギターは流石に持っていきませんでしたが、とりあえずポケットに ピックとカポ(カポタスト:ギターのフレットを押さえる器具)だけ ほおりこんで出かけたのでした。 その時点ではフォークジャンボリーなるイベントは以前から “太陽”で行われていたものと思っていたのですが…… その日が、な、な、何と記念すべきフォークジャンボリー立ち上げの 第1回目であったとは……当日知りました。 しかも少し遅れて行ったので、店に入った瞬間スカボロフェアー (サイモン&ガーファンクル)が演奏されており、ものすごく うまい…他にもレベルの高い演奏ありで、これは自分のレベルでは とてもとてもついていけないし、ギター持ってこなくて良かった〜と 思いながら、のんびり演奏を楽しみながら酒を飲んでいたところ、 突然、オーナーの橘氏が小川さんも何かやってくださいよ! お店のギター使っていいですから…なんていつもの調子で半ば強引に、 しかも横山氏も何かやったほうがいいよなんて後押しをする状態… のんびりしていた気持ちが一気にアドレナリン上昇!お店のギターを 手渡され“太陽”のステージへ……とはいっても客席から20cmも 上がってないかと思いますが…… そこに立ったら頭が真っ白、かろうじてポケットからピックとカポを 取り出して「シクラメンのかほり」をやりましたが、足はガクガク 指は動かないわ、間違えまくって終了しました。 しかし、かなり良い雰囲気で楽しめたのでフォークジャンボリー 毎回参加のきっかけになったのですが第二回だけは前日飲み過ぎで 夜まで身体が動かず欠席してしまいました。 6月26日の第9回フォークジャンボリーまでの間いろんな事が ありました。 最初はアコースティックで名前のとおりフォーク中心でしたが、 回を重ねる毎に……前委員長の横山氏のわがままもあって…… エレキバンド系も加わりさらにハーモニカ、三線、電子バイオリン、 フルート等々……音楽を楽しむ会になってきています。 第9回フォークジャンボリーの様子↓ http://takawa.fc2web.com/fj9.htm 横山氏が転勤で抜けた後、たまたま第1回から一緒にやってきたので 私に委員長の任が廻ってきました。 コンセプトは全員で参加しながら音楽を楽しもう! の精神でやっていきたいと思っています。 是非これを読んで興味のある方は“太陽”に足を運んでいただけると 幸いです。 音楽は年を取っても続けられる趣味だと思います。 特に楽器を演奏すると云う事はボケないし、いつまでも気持ちは フレッシュでいられると思いますので、今何もやってない方も 遅くはありませんフォークジャンボリーは2〜3ヶ月に1回は 開催していますので参加してみてください。 やりたい気持ちが沸き起こってくると思いますよ! ================================================================= ┃6:【外科病棟ナースステーション日記】 ┃ (2)主任の一日 佐藤 美重 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「主任〜、主任〜」病棟のどこかで誰かが呼んでいる。 「○○さんが困っているんです。」 「こんな時はどうすればいいんでしょう。」 「○○さんの話を聞いてください。」などなど… うちの主任は大忙し。 休憩室の片隅で、主任と中堅の看護師がひそひそと話をしている。 「…そう、大変ね…。なるほど、わかるわよ…。 私で出来る事があったら言ってね…。」 ナースステーションの奥で、主任と新人看護師が肩を寄せ合っている。 「大丈夫、大丈夫、最初は辛いものよね。 大丈夫、大丈夫、1人じゃないからね。」 病室で患者さんと主任が笑っている。 「そうですか、あんなに辛かったことも、笑ってお話になれるように なったわけですね。」 リネン庫の前で、主任と補助者が悩んでいる。 「なるほど、じゃあ、今度みんなで相談しましょう。」 うちの主任はいつも大忙し。 みんなのお母さんのような主任。 誰の話にも平等に耳を傾け、看護師長の「思いつき」にも付き合い、 主任としての役割を果たしている。 そんな主任、母として、妻として、嫁として、娘として、 そして看護師として懸命に生きている。 主任の頑張りをみんなに知ってほしい。 私はいつもそう思っている。 「人が背負う人生の重さは、その人の器量に比例する」 過酷な運命や、波乱にとんだ人生、病気、大切な人との別れなど 「その人の背負える分の重い運命」があるというのは、 ある意味皮肉な気もするが…。 主任が、私より大きなものを背負っていることだけは確かである。 私が主任にできることは、看護師としての彼女の仕事を支え、 僅かでもその荷が軽くなることを願うだけである。 今日もどこかで、誰かが、主任を呼んでいる。 7月3日 ================================================================= ┃7:【 臨床研修医日記(2) 】 長谷川敬二 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 医師になって3ヶ月が過ぎました。 最初はやはり解らないことばかりで、常に上の先生に聞いてばかりでした。 もちろん現在は研修医という立場なので自分だけの判断で行動することは ないのですが・・・。 今年からの研修医は内科、外科、小児科、麻酔科、救急科、精神科、 産婦人科、地域医療を勉強することが義務化されてしまい、 今までの様に行きたい科の医局に入ることができなくなって しまったのです。 でも、この制度は医師としての基本的な技術を磨くにはとても いいことだなーなんて個人的には思っています。 人によって違うのですが、僕の場合は、最初の2ヶ月は 一般外科から研修が始まりました。 朝、患者さん一人一人とお話しをし、その日の体調や変わりのあったことを 聞かせていただきます。 その後は、手術の助手に入ったり、回診をして傷の処置などを行います。 同じ病気の患者さんであっても傷の形や回復具合は人それぞれなので 日々僕たち研修医は患者さんから勉強させていただいています。 次の一ヶ月間は麻酔科で研修を行いました。 麻酔科では医師には基本事項として知っておかなければならない、 気道確保、気管挿管、血管の確保、循環作動薬の使い方などを 教えていただきました。 なかなか最初はうまく行かず断念し、指導医の先生の力を借りていましたが、 一ヶ月を過ぎたころには自然にできるようになり、とても自信がつきました。 とういうのも 意識のない患者さんが突然運ばれてきて、一番最初に行わなければ ならないことは呼吸の有無を確認し、なければ気道確保を 行わなければならないからです。 このほかに、二週間に一度救急外来の手伝いをしています。 ここでは、指導の先生の診察テクニックを盗んだり、処置を行ったり しています。 最後に研修医として3ヶ月過ごしてみて、机に向かっていることだけが 医療ではないということをとても実感しました。 医療というのは患者さんに教えていただき、それに応えるよう自分で努力し、 医師や他の医療従事者が集まり、始めて成立するのではないかと思います。 それにはもっともっと患者さんの立場になって物事を考えていきたいです。 不安や恐怖というものは人それぞれ感じ方も違い、患者さん一人一人に 親身に耳を傾けなくてはならないことだと思います。 また、その初心はこれからの長い医師人生でも絶対に忘れては いけない事だと思います。 ================================================================= 過去のメルマガは下記サイトのバックナンバーでご覧になれます。 http://www.d3.dion.ne.jp/~takawa/merumaga.htm ================================================================= ≪こちら編集室≫ ◆今月号はいかがでしたか。 夏休み増大号と称してお送りしましたが、本当に盛りだくさんの 内容に驚かれた方も多いのではないのでしょうか。 実は、来月号も盛りだくさんになりそうです。 私の出番が無くなりそうな勢いで発展し続けるメルマガに なってきた事は嬉しいような・・・・・・・・・・。 皆さんからの感想お待ちしています。 また、執筆者への励ましのメールもお待ちしてます。 takawa@d3.dion.ne.jp ◇編集室からは今回も面白いサイトを紹介します。 SF MOVIE Data Bank SF映画のデータが3200作品収められています。 SF映画好きには、こたえられないサイトです。 ┌─────────────────────────┐ │ SF MOVIE Data Bank │ http://www.generalworks.com/databank/movie/index.html └─────────────────────────┘ 編集室・橘 和見 <><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><> ◆情報コーナー 皆さんのご家庭や地元の楽しい話題、情報等がありましたら、400字以内で 編集室までお送り下さい。 その際、写真等がありましたら1〜2枚添付していただけると助かります。 実名、匿名どちらでも結構です。 お寄せ頂いた話題を、増刊号などで紹介させて頂きます。 編集室・橘 和見 <><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><>><>><><><><><><><><><> ◆次号予告 □医療コーナー ○ 乳がんについて(9) 乳がんの治療・その4 術後ホルモン療法について いがらし内科外科クリニック院長 二瓶光博 ○乳がんについて(10) 乳がんの治療・その5 再発乳がんの治療について 福島県立医科大学乳腺外科チーフ 大竹 徹 ○糖尿病について 星総合病院内分泌代謝科部長 島田孝一 □コラム ○外科病棟ナースステーション日記(3) 看護師長 佐藤 美重 ○美味しい日本酒 新庄 豊 ○釣りの楽しみ 田中康文 ○野水医師と私(5) 橘 和見 予告は変更があるときがあります。 <><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><> Doctor NOMIZU http://www.h4.dion.ne.jp/~nomizu/ ザ・乳がん http://www.h6.dion.ne.jp/~nihei/ ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┃◆ 医療系メールマガジン Dr. N Communications No.6 ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┃◇発行:Dr. N Communications 運営事務局・編集室 太陽 ┃ 〒963-8014 福島県郡山市虎丸町20-37 ┃ http://www.d3.dion.ne.jp/~takawa/ ┃◇発行人: 星総合病院 副院長 ┃ 野水 整 ┃◇編集人: 橘 和見 ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┃◇メールマガジンの購読申込また購読登録の修正・停止はこちら ┃ http://www.d3.dion.ne.jp/~takawa/merumaga.htm ┃◇メールマガジンの感想、お問い合わせはこちら ┃ takawa@d3.dion.ne.jp ┃◇頂いたご感想メールは、許可なく掲載する可能性があります。 ┃◇このメールマガジンは、Dr. N Communications 購読申込ページ から ┃ メールマガジンの購読登録をして頂いた方にお送りしております。 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Copyright 2004 Dr.N Communications.All rights reserved. 許可なく使用および転載することを禁じます。 |
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